137 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´ )さん@\(^o^)/:2014/10/10(金) 20:46:25.25 ID:wTehQPrb.net
近年のディズニー映画原題のやる気のなさは異常

『アナと雪の女王』→原題 Frozen(凍る)
『塔の上のラプンツェル』→原題 Tangled(もつれた)
『プリンセスと魔法のキス』→原題 The Princess and the Frog(王女とカエル)
『メリダとおそろしの森』→原題 Brave(勇気)
『カールじいさんの空飛ぶ家』→原題 Up(上がる)



141 :亜生肉 ◆fD0UyRfttY @\(^o^)/:2014/10/10(金) 20:47:53.41 ID:BCyrpMqX.net
»137
まとめるとじわじわ来るなw
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89 名無しさん@おーぷん sage 2014/09/25(木)01:22:39 ID:eBbGU4Evk
妻と娘と寿司食べてきたんだけれど、娘がシマアジばっかり食べてて、
血筋だなあとか思ってたら、妻が、

「そんなにシマアジ好きなの?」

って聞いたら、

「シマアジ食べたら、お父さんが笑うから、ずっと食べてたら好きになっちゃった」
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お父さんに肩車してもらってる女の子が
「おもくてすみませんねぇ、ちからもちですねぇ」
と何度も言っていて、それに対してお父さんが営業口調で
「やっ、とんでもないです、恐縮です!本日もご利用ありがとうございます!」
と遊んでて、ホーム一帯がにやにやに包まれてる
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先日、お手伝いさせていただいた結婚式で

とっても素敵なキセキが起きました。

お父様のことがとても大好きなご新婦。


一足さきに海外で挙げた結婚式で

お父様とバージンロードを歩いた時の

幸せだったそのときの気持ちを嬉しそうに何度もお話してくだいました。

バージンロードを歩くご新婦とお父様のお写真も見せて頂き、

お父様の表情を見ていたら、

きっとお父様も愛する娘へ伝えたいお気持ちが

たくさんあるんだろうなぁと感じました。

花嫁の父こそきっと心に秘めた様々な想いがたくさんあるはず。


でも、なかなか披露宴の中で花嫁の父が想いを伝える機会はありません。

なければ、つくればいい。

というわけで、

ご新郎のご協力のもと

ご新婦のお父様へ連絡をし、

愛する娘へ伝えたい素直なお気持ちを

お手紙につづってきて頂くお願いをしました。

照れくさくて無理、と断られるのも覚悟していましたが

思いのほか、

「伝えたいことがたくさんありすぎてうまくまとめられるかな・・」

という前向きなお答え( ´艸`)

披露宴当日、お父様のお席へご挨拶へうかがいました。

「お手紙、、、、書いていただけましたか?」

そんな私の質問に

照れくさそうに胸ポケットから取り出したのは、

くしゃくしゃの紙。

それは、何度も何度も書き直し、

読み返した跡の残る

くしゃくしゃになったお手紙でした。

そのくしゃくしゃの手紙を見た瞬間

何だか色んなお父様の想いが伝わってきて

思わず胸があつくなってしまいました。

披露宴も終盤。

本来なら花嫁のお手紙の時間。

「ここで、新婦から感謝のお気持ちを込めてご両親へお手紙を・・

といいたいところですが、その前に・・」

お父様にスポットがあたります。

驚くご新婦。

ざわめく会場。


前代未聞の花嫁の父のお手紙の朗読です。

「娘が生まれるとわかった瞬間、嬉しくて嬉しくて・・」


「幼いころはおてんばだった君、怪我をしないか毎日気が気じゃなくて・・・」

溢れ出す愛が溢れた想い出話に

新婦も会場のゲストも涙を流しながら聞き入り

本当に温かい優しい空気が会場を包んでいました。


そして、こんなエピソードが。


「君は小学生のころ、学校でいじめに合っていました。

毎日泣きながら帰ってくる君。

学校に行きたくないと駄々をこねる

君を厳しくしかってしまったこともありました。


けれど、君が眠りについた後、

厳しくしかってしまったことを後悔しながら

君の寝顔を眺めながら

この子だけは何があっても守りぬかなくては

どんなことがあっても自分はこの子の味方でいようと

頬を撫でて語りかけていたものでした。」

このエピソードがお父様の口から語られた瞬間、

ご新婦は堰をきったように顔を覆って涙されました。

その理由はすぐにわかりました。


いよいよ、花嫁からのお手紙。

そのお手紙の中に

なんとこんなエピソードがありました。

「私が小学生の頃、学校でいじめに合っていました。

つらくてつらくて、学校に行きたくなくて

そうお父さんに伝えると厳しく怒られたこともありました。


でも、泣きながら私がお布団に入ってしばらくたつと

お父さんはそっと私の隣にやってきて、

私のほっぺたを何度も撫でてくれましたね。


その手があったかくて優しくてとても安心して、

明日も頑張ろうと思えました。


お父さんはきっと今日まで

私がすっかり寝ていると思っていたと思うけど、、

本当は私、毎晩、起きていたんですよ。


お父さん、あのときはありがとう」

そういって、にっこりとお父様のほうに笑いかけるご新婦。


今度はお父様が顔を覆って涙される番でした。

何十年ぶりに魔法が溶けたように明かされた

ある日の父と娘の素敵な記憶。

お父様からのお手紙と

ご新婦からのお手紙と

その両方のエピソードが重なった瞬間、

幼い新婦の頬を撫でて優しく語り掛けるお父様と、

寝たふりをしながらそんなお父様の気持ちを嬉しく感じている

父娘の姿が、その情景が鮮明に浮かんできて、、、

私は、、、、会場の隅のPA室の裏に隠れて、、、もちろん号泣です。。。

会場も

この素敵な偶然のキセキに感動に包まれ

父娘に贈る温かく優しい拍手がしばらく鳴り止みませんでした。

そこにいる人のすべての心がひとつになった瞬間。

~ One Heart Wedding  ~

まさに体感した瞬間でした。

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「○○君、君は僕の娘を、幸せにしてくれなくったっていい。ただ、孤独にはしないで欲しい。喜ばせたり励まさなくていいから、たくさん話をして、いつも味方でいてあげて欲しい。孤独っていうのは、貧乏よりも辛いんです。」結婚式って冴えないおじさんが真理を吐いたりするから好き。
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137 名前:1/5[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:07:41.07 ID:J0O9j0ki
メモ帳に書き出したらメッチャ長くなった。支援ヨロ。 
 
ウチの職場で障害者が働き出した。 
今流行のアスペルガーって奴。ここではAとしとく。 
こっちから話し掛ければ答えるけど向こうからは一切話し掛けてこない。 
時折ぼーっと立ち尽くしてたり、と割りとおとなしい感じ。 
仕事に関する話もこっちの指示には応えるけど疑問があっても声を掛けてこない。 
理由を聞くと「話し掛けていいものか分からなかったので」と返事。 
空気読めないって言われるのはこういう所なのかと納得しつつ、普通に仕事はしてた。 
ただ、やっぱり障害者ってことで色眼鏡で見る人間もいるんだよね。 
何かにつけて突っ掛かっては文句言う若いのが一人いた。仮にHとしとく。 
後で聞いた話だがHはAに色々と理不尽な命令を出しては断られるということを繰り返していたそうだ。 
断った理由は「彼には命令権限が無いから」と実に論理的だったがHとしては「障害者のくせに」と恨みを募らせていたらしい。


138 名前:2/5[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:08:59.67 ID:J0O9j0ki
ぶっちゃけ勤務ってのは工場なんだが、彼は新人なのと専業を任されてることから、 
その班の区域内で一人で作業してることも多い。  
そんなある日に事件が起こった。 
俺が知らせを聞いて駆けつけてきて見たのは地面に倒れてるAと仲間に取り押さえられているHの姿。 
聞いた所によると、いつものように嫌がらせを繰り返していたHが、堪えないAに痺れを切らせて飛び蹴りかましたらしい。 
無防備な脇腹を蹴られたAは吹っ飛んでそのまま倒れたのが今のその姿。 
助け起こそうとすると、こちらに手で「構うな」という感じで断ってきて一人で立ち上がった。 
(これも後聞きになるが触覚過敏とやらで他人に触られるとある種の拒否反応が働くそうだ。) 
A「あー…すみませんが、何かしましたかね、俺?」と興奮冷めやらぬHに静かに問い掛けるA。 
H「お前が居るだけで気持ち悪いんだよ!」と喚くH。 
助け舟を出すべきかと俺が口を開こうとした時、Aが困ったように頭を掻きながら口を開いた。 


139 名前:3/5[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:10:11.24 ID:J0O9j0ki
A「あー、何っていうか、呼び名がよくわからないのでちょっとこっちで付けます。」 
突然何を言い出すかと思ったんだがどうやらHの名前のことらしい。 
A「えーと…『あごチン毛』と『ひげモザイク』とどっちがいいですか?」 
思いもよらぬ言葉にギャラリーの7割が吹いた。 
Hの容姿は背の高い細身であごヒゲを伸ばしているのが特徴的な風貌。 
作業服と作業帽は皆が統一して着用しているので確かにヒゲは目立つだろう。 
クスクス笑いが響く中、怒り心頭のH。 
H「おまっ!ふざけんな!」 
A「ああ…すみません。女性もいる場でチン毛はセクハラですね。『あごモザイク』にします。」 
あくまでもマイペースなAが完全にこの場をリードしていた。 
A「えー…ところで、あごモザイクさん。これは明らかに暴行だと思うので警察呼んでいいですか?」
警察という言葉に、今さらながら焦ったのか声が小さくなるH。 
H「えっ…い、いや、警察呼ぶほどのことじゃ無いんじゃないかな」としどろもどろ。


140 名前:4/5[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:12:06.89 ID:J0O9j0ki
そこに誰かが呼んだのか工場長が駆け付けて来た。 
工場長「おい、何やってるんだ!関係ない奴は作業に戻れ!」 
一応、Aは俺の部下なので関係者としてその場に残ることに。 
工場長に事情説明。かくかくしかじかと話す内に顔が険しくなる。工場長はBにしとくか。 
B「Hがやったのは本当か、A?」 
A「H…? あー…モザイクさんの本名ですか。事実ですが問題ありません。」 
ここでA以外の一同が困惑することになった。 
A「えーとですね…これは私の障害に起因する出来事であり、そのモザイクさん、もといHさんの心因的な物もあるでしょうし。」 
B「いや、Hが暴力を振るったなら会社として処罰する必要が…」 
A「必要ないです。ただ、さすがに痛くなってきたので病院行かせて下さい」 
今さらとなって気付いたがAの顔面は汗ダラダラでいかにも辛そうだったために尋問は中止。 
BがHを事務室に連行し、俺がAを病院に連れて行った。 
幸いにも怪我の程度は軽く、打撲で済んだ。


144 名前:5/5[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:19:20.93 ID:J0O9j0ki
その帰り道、何故Hを庇うのか聞いてみた。 
A「だってあの人、統合失調症でしょ? 自分は発達ですけどどうしようもない痛みは分かりますから。」 
後日、HはAの言ったとおり統合失調症と診断され現在の所は投薬治療中。 
Aいわく「統失ってね、誰よりも自分が常識でありたいと願って、出た杭を必要以上に敵視するんですよ。」 
それが真実かどうかは分からないが「自分の常識は経験だけが基ですから」というAには一般常識らしい。 
穏やかになったHはAとよく一緒にいるところを見掛けるようになった。 
「やったことのないことはやらないんですよ、どうなるか分からないから」というAと 
「やってみなければ始まらない」というHは良いコンビのようだ。 
 
ちなみにHはあごヒゲを剃った。 
H「あいつ、今でも『モザイク』って呼ぶんですよ。ヒゲ無いってのに…」 
A「そろそろ『顔面モザイク』に変更しようかと思ってるんですが…」 
現在は二人からのある種、幸せな相談にどう答えようかと思案してる。 
 
結局のところ、障害者って言っても色々いるんだよな。 
Aは一見すると普通だし、喋る時に枕詞的に「あー」だの「えー」だの付けるくらいで。 
ただ発達に起因する運動障害も持ってるらしくてネットで言われてる「ただのコミュ障」ってのは当てはまらないってのも分かった。 
Hも統失と分かるまでは普通に思ってたし、意外と隠れてるもんだなって。 
まあ、Aの武勇伝ってことで一つ。


145 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:21:15.10 ID:/ssPQV1z
ハッピーエンドじゃん
スゲーいい話


146 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:26:50.02 ID:J0O9j0ki
支援サンクス。 
今となるとネットで蔑称的に使われてる「お前アスペだろ」とか見るとイラっと来る。 
お前はアスペルガーの痛みが分かってんのかと言ってやりたい。 
でも、これもAに日常的に接してるから思うだけであってやっぱり「知ること」ってのが大事だと痛感したよ。


148 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:37:30.41 ID:0y4OEDSk
Hは自分の状態がわかって適切な治療ができたのか。
そしてAは友達を得られた。仲が良さそうでいい結果になったね!


150 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 13:42:08.61 ID:J0O9j0ki
アスペというか、Aだけかもしれないけど必要以上に相手を見てるっていうのかな。 
一言二言交わしただけで相手の性格が分かるそうだ。 
特に腹黒い奴とか一物抱えてそうな奴ほど見えやすいらしい。 
でもそれでどうという気もなくて、他人はどうでもいいから関わらないスタンスだと。 
一言嫌味を言ったSさんを「誰にでも毒を吐ける私カッコイイの劣化アラレちゃん」と呼んだ時はクソ吹いたw 
いつも面と向かって毒吐かれてた工場長が腹抱えて笑うのは初めて見たよ。


151 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2013/10/19(土) 14:16:15.08 ID:J0O9j0ki
いいかげんウザいとは思うけど、これを最後に。 
 
障害者って一言で言っても同じ人間だってこと。 
無表情に見えても障害のせいであってその人のせいじゃない。 
Aは他人に興味ない理由に「悪夢を見るから」と言ってた。 
「裏切られたり、ひどい扱いを受けたりは日常茶飯事だから慣れた。でも悪夢はまだ慣れないから。」って。 
過去の嫌な記憶が忘れられない、毎日のように夢を見てうなされる、 
死ねば楽になれるかもしれないけど死んだ先に何があるか分からないから出来ない、って涙目で相談されたこともある。 
他人に興味が無いってスタンスに見えるけど、その実は他人に興味を持つと付随する負の出来事に潰されそうになるからってのが真実らしい。 
苦しんでるように見えないけどひどく苦しんでるのが相談されて初めて分かったこと。 
 
だから、ネットの人たちにはもう少し「アスペルガー」について知ってほしいと思う。 
せめて蔑称として使われる事のないように願いたい。
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男が「聞いてんだか聞いてないんだかわからない態度」の時はほぼ間違いなく全然聞いちゃいないし、女が「聞いてんだか聞いてないんだかわからない態度」の時は、まず間違いなく、全部聞こえててなおかつ心の中で悪態をついてると思っといた方がいい。
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なぜ帰宅難民2000人を無料収容したのか -帝国ホテル

■6年前からの備えが当日に生きた
東日本大震災が起きた11年3月11日、金曜日。震度5の揺れがあった東京では交通網が完全にマヒ状態となり、街は約10万人の「帰宅難民」で溢れ返った。タクシーはつかまらず、道路は大渋滞。営業中の店は少なく、あっても満席で入れない。大多数の人はトイレや空腹、寒さを我慢しながら歩き続けるしかなかった。

その夜、行き場をなくした2000人の人々のためにロビーや宴会場を開放したばかりか、毛布やペットボトルの水、保存食などを無料で提供したのが日比谷の帝国ホテル東京である。当日、陣頭指揮を執ったチーフデューティマネージャー(デューティマネージャーとは、ホテル全般の苦情対応責任者。総支配人の代行を務める役職)の山本一郎は、「たまたま運がよかっただけです」と温和な笑顔で語る。

「運がよかった」というのは、まず地震による被害がほとんどなかったこと。建物の損壊は客室の壁の一部に亀裂が入った程度で、電気やガス、水道などのインフラには支障なし。これがもし、火災が起きたり天井が落ちて怪我人が出たりしていたら、逆にホテルの外へ避難してもらわなければならなかっただろう。

さらにちょうど「帝国ホテル創立120周年感謝の集い」が開催されていたため、いつもは外回りをしている50~60人の営業マンが接遇のためにホテル内にいて、人手があったことも幸運だった。

しかし毛布はまだしも、2000人分の水や保存食などは、日頃の備えがなければとっさに出てくるはずがない。帝国ホテルでは、2005年から事業継続計画(BCP)の一環として、大規模災害に見舞われた際の対策マニュアルづくりに取り組んでいた。現場の意見を取り入れるのはもちろん、阪神淡路大震災を経験したホテルオークラ神戸、神戸ポートピアホテル、ニューオータニ神戸などを訪問してヒアリングをしている。

(中略)

■「困っている人がいると、お助けしたくなる」
午後2時46分の地震発生からわずか4分後の2時50分には、総支配人を責任者とした現場指揮所を1階ロビーのフロント裏に設置。館内放送で従業員に対して状況確認を命じる。安全確認後は、お客に向けて「余震があるので、次の放送があるまでその場で待機してください」と英語と日本語の両方で指示した。地震発生から14分後の3時には社長を本部長とした災害対策本部を設置し、3時30分にはホームページで「ホテル内での怪我人なし」と発表している。

ロビーに続々と人が集まってきたのはその頃からだった。予約客がチェックインしようとしてもエレベーターが停止したままなので、ロビーで待っていてもらうしかない。その一方で、上階にいた人々は不安を感じて非常階段を使って下りてくる。予定されていた宴席の招待客も、単なる通りすがりの人々も入ってくる。そんな中、山本はロビーで立ちつくす人々のために椅子を200脚用意し、タオルと氷の入った水を提供した。

(中略)

だが話はそれだけでは終わらない。ロビーで一夜を明かした人々から、お礼の電話や手紙がひっきりなしに届き出したのである。

「われわれとしては当たり前のことをしただけ。お手紙をいただくなんて、恐縮してしまって」と山本は語る。どの手紙にも、感謝の言葉が切々と綴られていた。

いわく、“寒かったから室内にいられるだけでもありがたかったのに、お水や食料まで差し入れしてもらった”“近隣の外資系ホテルではドアを開けてもくれなかったのに、毛布を貸してくれたばかりか、毛布の数が足りなくなったら大判のバスタオルを出してきてくれた”“携帯電話の電池が切れて途方に暮れていたとき、フロントで充電してくれたおかげで家族と連絡が取れた”……。

2000人の中には、ホテルとは無関係な、いわば通りすがりの人々も多かったはずである。にもかかわらず、分け隔てなく水や保存食を提供した。

実は帝国ホテルでは1923年の関東大震災のときも、避難してきた人々におにぎりなどの食料を提供している。山本にこのエピソードについて聞いてみると、「そういうDNAがあるわけではないんですが……」と謙遜しつつこう言った。…

http://www.news-us.jp/article/372533968.html

帝国ホテルが東日本大震災時に帰宅難民2000人を無償で収容したエピソードが凄すぎる これが日本の伝統と品格だ 2ch「いい話だな。こういうのが品格」「当時は報道されてたっけ?これは全国民が知るべき話」 (via hizayamasan)

2013-08-21

(via my-precious-legacy)

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